IS<インフィニット・ストラトス>二次小説 第170話 華戦(はないくさ)<前編>

 山形県西村山郡西川町。
 人口はさして多くない、小さな町。
 だが、由緒ある神社、仏閣等があり、冬となればスキーも楽しめるとあって、観光客が多く訪れる土地である。

 その町にある純和風の屋敷。
 「月山」と表札が掛かっているそこは、今は亡き一夏の師匠である月山竜芳の妻である静音が、先祖代々の墓を守りながら静かに暮らしていた。
 仏壇にお供え物を置いて線香をあげて、静かに祈る。
 そこに、意外な来客が来た。

 仏壇に静かに手を合わせる、少女。
 冬菊だった。
 夏用の着物を着た冬菊の傍らに畳まれた夏用の被布という古風な服装だが、由緒ある名門神無月家の一人娘とあれば、ことさら珍しくも無い。
 静音の方を向き畳に手をついて静かに一礼すると、静音も一礼する。
『高芳から聞いてはいたけど、本当によくできたお嬢さんね。一夏さんさえよければおしどり夫婦になると思うのだけれど、こればかりは気持ち次第ですものね。』
 自分にとっては二人目の息子も同然の一夏には幸せな結婚をして欲しいと静音は願っており、短い時間の所作から冬菊の器量を見抜いて、この人ならばと思っていた。

「水無月。ありがとうございました。とても、美味しかったですよ。一夏さんが満足するのも、納得がいきます。」
 水無月とは、旧暦では6月の事を指すが、厄払いも兼ねた和菓子でもある。
 氷が非常に貴重だった時代、氷に見立ててういろうを使い、その上に悪魔祓いの為に小豆を乗せて誕生して、一年の半分の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を願う神事「夏越祓」で用いられている。
 今年、冬菊は思う所あってこの地を訪れるつもりだったので、その旨を記した手紙と共に、手作りの水無月を届けていた。
「そう言っていただけて、ほっとしました。よろしければ、こちらも召し上がってください。」
 冬菊は、風呂敷包みをテーブルの上に置いた。
「あら。水羊羹に葛桜。それに、金平糖も。」
 開けてみると、中には竹の筒を容器にした水羊羹に葛桜。
 それに、様々な色の金平糖があった。
 最近では、個人でも金平糖を作るためのレシピがネット上にあるが、和菓子の専門店にある物と比べても甲乙つけがたい程形が整った金平糖を見て、静音は驚いた。
「一夏さんの作る金平糖も、見事ですけれど、神無月さんの物も見事ね。お料理上手だと高芳からは聞いていたけれど、聞いていた以上ですね。」
「恐縮です。でも、見た目はともかく、味はまだまだ一夏さんには及びません。一度、家に出入りの和菓子屋さんに、一夏さんが作られた和菓子の味を見ていただいた事がありますが、相当に驚かれていました。「どこの、老舗の職人が作った物ですか?」と。一夏さんが作られたとお教えしたら、呆然としていらっしゃいましたわ。」
 名門神無月家の出入りの和菓子屋ともなれば、かなり名が知られた老舗であり、当然、味も折り紙つきである。
 その店の職人が、名高い老舗の和菓子屋の物と考える程となれば、一夏の和菓子作りの腕前はいやでも解る。
「そうですか。冷たいお茶を入れますね。せっかくですから、召し上がらせていただきますわ。」
 そう言って、静音はお茶を入れに行った。

「昔から家事を全てやりながら、料理の腕前だけでなく、仕事で疲れた千冬さんに喜んでもらおうと、お菓子作りの腕前も磨いていましたから。普段の食事、千冬さんのお弁当。どれも、栄養のバランスを考えながら、少しでも美味しくて目でも楽しめるおかずをと色んなものを作って、様々な野菜や魚、肉を食べる事が出来つつ、色彩鮮やかな物をと精進を怠らなかったから、自然と味覚が鋭くなったのでしょうね。そして、家の近くの和菓子屋さんやお蕎麦屋さんとかに、教えを請うていましたから。何度か、味を見た事がありますけど、本当に美味しく出来ていましたよ。大好きで、尊敬する千冬さんの為に、いろんな料理、技法を覚えていきましたからね。」
 話しながら、静音は昔を思い出していた。
 夕食の支度をしている時に、おすそ分けをしに家に行ったことがあるが、到底子供とは思えない包丁さばきと、味付け。
 どれだけ、努力してきたのかが解った。
 どれだけ一家の大黒柱である千冬の為に少しでも楽しめて栄養のバランスを十二分に考慮した、美味しい物を作ろうと栄養学を勉強する事も含めて日々努力しているかを理解した。
「冬菊さんの作られた和菓子も、美味しいですわよ。幼い頃から、料理を習っていたのですか?」
 水羊羹の食感と、甘さの塩梅。
 葛桜の餡の周りの葛の厚さと食感もちょうどよく、餡は和三盆の香りがほのかに広がった。
 見事な出来栄えに舌鼓を打ちながら、静音は尋ねた。
「はい。神無月家では女は家事ができて教養も水準以上にあるのが、当然というのが家風ですから。今の女尊男卑とは違いがありますが、愛した方に恥をかかせないようにと、物心ついたころから家事全般ができるように教え込まれます。私もそうです。そして、一夏さんに。心から愛する御方。幸せになって欲しいと思う御方に出会って、さらに料理はより美味しい物を作れるように精進してきました。」
「そうですか。」
『一夏さんをどれだけ愛しているか、この和菓子だけで十分に解るわ。一夏さんと両思いになれば、一夏さんも幸せになれるでしょうし、今まで苦労してきた千冬さんも報われるのだけれど…』
 高芳を通じて、一夏がプロポーズしてきた女性全てに、「NO」の答えを突き付けた事を、静音は知っていた。
『一夏さんは、自分より他人が不幸になるのを見ている方が、よほど辛いと感じる。だから、あえて幸せになる可能性を捨て去った。でも、それでは、悲しすぎる…。今年も墓参りに来て用事も頼んでいるけど、その辺りを少し話した方がいいのかもしれないわね…。時間も作れるでしょうし…。』
 亡き夫と共に、息子同然に可愛がっていた一夏が不幸になる姿は、とてもではないが見ていられない。
 ささやかでいい。
 一夏には、幸せになって欲しいと静音は心から思っている。

「では、本題に入らせていただきます。」
 冬菊は、真っ直ぐに静音を見る。
「一夏さんに、求婚を断られました。自分の傍にいれば、必ず不幸になるからと。ですが…、私が傍にいなければ幸せになれる。そのような保証は、どこにもありません。私は一夏さんに、幸せになって欲しい。その心は変わっておりません。ですが、できれば添い遂げて幸せになりたいのです…。二人で手を取り合って、幸せを築いていきたいと心から願う毎日なのです…。」
 冬菊は、手をついて深々と頭を下げる。
「どうか、一夏さんとの結婚をお許しください…。精一杯、共に幸せになれるよう努力いたします。今まで生きて、ここまで人を愛した事は初めてなのです。お優しすぎて時に自分を犠牲にしてしまう所がおありですが、それでも私は一夏さんと共に生きていきとうございます。何卒…、お許しください…。」
 静音は驚きのあまり、言葉を発する事が出来なくなっていた。
 一夏と冬菊の結婚は、当人同士の気持ちが通い合って決める事。
 自分に許しを請うような事では、ない筈だからである。
 確かに、時に一夏の母の様に接してきた。
 だからと言って、こうなるとは思ってもいなかったのである。

「神無月さん。どうか、顔をお上げになってください。」
 静音は、冬菊に優しく言う。
「一夏さんは、私達にとってもう1人の息子も同然。だからこそ、亡き夫も一夏さんに伝えられるだけの事を伝えました。私は今でも、一夏さんの為に出来ることはするつもりです。ですが、あなたたちの結婚は互いに心が通い合っての事。もし一夏さんが望めば、私は心から祝福させてもらいます。ですから、もしその時が来たら、一夏さんの事をどうかよろしくお願いします。他人にばかり優しく、自分にはとても厳しい一夏さんに、精一杯優しくしてあげてください。精一杯、愛してあげてください。そして、二人で幸せになってください。」
「はい…。」
 涙が零れ落ちそうになるのを、冬菊は必死に堪えていた。

 そして、渦中の一夏は、列車に乗って風景を見ながら、何も考えないようにしていた。

 表向きとはいえ、一人でいくのはいいもんだな…。
 セシリア達は、代表候補の仕事でそれぞれの母国に帰っている。
 ラウラや楯無さんもだ。
 尤も、この車両だけじゃなく前後の車両に、護衛がいるのは気配で解っている。
 各地の忍、更識家のSP、SAT。
 各都道府県警の警備部のSPにSIT等の特殊部隊も、代わる代わる警備についているのが解る。
 俺自身も大口径マグナム弾を自動拳銃でする事を目指して開発されたが、動作不良に悩まされたオートマグを自分で設計し直して、実包を.440Cor-Bonを使用するオートマグ・リファインをメインに、20式小型自動拳銃をサブに持って来ている。
 必要ない事を祈りたいが、念の為にコンテンダーも持って来ている。
 少しして、最寄駅の寒河江駅に着いた。
 そこから、委員会が用意した車に乗る。
 外見こそ変わらないが、最高クラスの防弾車だ。

 途中。俺は、師匠の墓参りに立ち寄った。
 静音さんは、相変わらず綺麗に掃除をしているので必要なかったが、ぞうきんを絞って俺は墓石を拭く。
 昔は、稽古の後に汗だくになった際にお風呂を戴いた時、師匠の背中をよく流したっけ。
 厳格な人で、甘やかされた記憶はない。
 けど、その背中はいつも暖かかった。
『鍛錬を続けて、多少は誰かを守れるようになりました。ですが、まだまだ修行不足の未熟者です。周囲に助けられてばかりで、情けない限りです。けれども、自らが招いた厄災は必ずこの手で鎮めて御覧に入れます。そちらにいったらたっぷりと叱られるでしょうが、最後の一仕事を終えるまでどうか見守ってください。』
 他人には。
 例え千冬姉にも、言えない事。
 ここなら、それを打ち明ける事が出来る。
 とはいえ、何とも情けない内容だけどな。
 そう…。
 俺が修行不足の未熟者だろうが、やるべき事はやる。
 その為に、俺は全力を尽くす。
 そう決めたんだ…。
「じゃあ。行こうか。」
 車は、一路月山家に向かった。

「そうでしたか…。一夏さんが、そんな事を…。」
「はい…。」
 静音は、冬菊から一夏が今の自分をどう思っているかを聞いていた。
『一夏さんが、そこまで自分の事を…。』
 直向きで努力家な一夏だが、どこか非常に脆くて危うい所があると感じていた静音は、自分が思う以上に一夏が自分を追いつめている事を理解して愕然となっていた。
 まるで、硝子細工の人形。
 美しいが、僅かな切欠で粉々になってしまう脆さを持つ。
 そして、硝子の欠片の鋭さは簡単に人を傷つける。
『繊細過ぎて、壊れやすい。そして、自分を傷つけ続ける危うさをも持つ。やはりこのままではいけませんね。』
 静音は一夏に途方もない危うさを感じ、何かしなければと考える。
「一つ。お願いがございます。」
 どこかためらいながら、冬菊はある事を頼む。

「冬菊…。どうして…?」
 居間に通された時に俺が見たのは、傍らに夏用の被布を畳んでおいて座っていた冬菊だった。
「お久しぶりです。野点の時以来ですね。」
「そうだな。あの時は、楽しかったよ。どうして、ここに?俺は墓参りと、ちょっと用事を頼まれたから来たんだけどな。この後は、スケジュールがぎっしりと詰まっていて、この時期ぐらいにしか来れないのもあるけどな。」
 さりげなくだが、会えない事を改めて強調しておく必要がある。
 あんなことは、もうあっちゃいけない。
 けじめは、きっちりつけておかないとな。

『いつまでいるかわからないけど、決めた通りの態度。それにきちんと言っておけばいいか…。』
 用意された部屋に荷物を置いて、一夏は考え込んでいた。
『とにかくもう、あんなことがあっちゃいけない。いけないんだ…。』
 野点の日の夜の事を思い出し、一夏は決意を新たにする。
 あの日の夜を求めている自分がいることは、自覚している。
 だが、一夏は性格上、そういった事を許容できない。
 同年代としては性に関しては潔癖な所があり、所謂、身持ちが堅い性格だった。
 尤も、それだけが理由ではなかったが…。
『それにしても、どうして布団が?静音さんの性格から、万年床はありえないし…。』

「失礼します…。」
 冬菊が部屋に入ってきた。
「ああ。そう言えば、どうしたんだ?こっちに来るなんて…。」
「以前から、来たいと思っていたので。それに、一夏さんの舞も見たいですし…。」
 去年、一夏が舞のピンチヒッターを務めた事が非常に好評で、今回も頼みたいと静音から連絡が来て、一夏は引き受けた。
 それが、一夏が来た理由である。
「そういう事か。成程。」
 一夏の舞だけが目的ではない可能性が少なからずあると思いつつも、とりあえず一夏は気づかれないように胸を撫で下ろしていた。

「やはり…。そうですね…。」
 ん?何だ。
 冬菊が、目を伏せる。
「どうした?何かあったか?」
「あの時。私の言った事を覚えていらっしゃいますか…?」
 その言葉に、今度は俺が目を伏せた。

「私の前では、素直になってください。」

 正直、嬉しかった。
 気を張っていなくていい。
 仮面も必要ない。
 ありのままの自分でいていい。
 そういう事だから…。
 もしそうなれれば、どんなにいいか…。

 でも、俺はそれを受け入れられない。
 やるべき事が、俺にはある。
 この命に、代えても。
 そんな俺にとって、冬菊の言葉は甘い毒だ。
 もし受け入れたら、今の俺ではいられなくなる。

 頑なに殻に閉じこもったような一夏は、ふと自分を包み込む柔らかい感触に気づく。
「大丈夫ですよ。一夏さんは。一夏さん。自分に素直になられても、それは変わりません。優しくて、真っ直ぐで、見ていて危なっかしい位誰かの為に頑張られている。私が魅かれた一夏さんです。何も変わりません。けれど、それ故かどうか解りませんが、とてもお辛そうに私には見える気がするのです。だから、寄り添いたい…。お支えできるのなら、お支えしたい…。そう、心から思うのです…。」
 一夏を優しく抱きしめる冬菊の言葉に、一夏の鼓動は一瞬大きくなる。
『変わらないのなら…。俺が俺のままでいられるのなら…。いいのか…。でも、それじゃあ…。』
 仮面を取り払いそうになる一夏だが、冬菊を都合のいい存在として利用し傷つけるのではないかという最大の懸念が、歯止めをかける。

「押しつけがましいとは、重々承知しております。ある意味、私のエゴ。ですから、お気になさらないでいいのです。それに、一夏さんも相応に自分の事だけを考えてもいい。少なくとも、私はそう思います…。世界中がそう思わなくとも、私は…。」
 その言葉に瞳を大きく見開いた一夏は、冬菊を見る。
 どこかためらい、そして怖がっている一夏を、冬菊は一夏にだけ見せるような優しい笑顔で見る。

「本当に…、いいの…、かな…?冬菊に…、甘え…、ても…。」
 まだ怖がっている子供の様な表情のまま、一夏は冬菊に尋ねる。
「私は、そうして欲しいと思っていますよ…。」
「少し…、弱音を吐いても…、いいの…、かな…?」
 冬菊は、さらに強く、さらに優しく抱きしめる。
「誰だって、弱音を吐きたくなることがあります…。そして、それは誰にでも認められた権利…。一夏さんも例外ではありません。お立場上言えない事があっても、弱音を吐いたからといって誰にも攻める権利はありません…。」
 冬菊に言わせれば、周囲があまりに一夏に頼りすぎている。
 一夏が非常に優秀な人材である事は、父からの話、上流階級の中のネットワークやニュースからの情報等でこれ以上ない程解る。
 だからと言って、重荷を多く背負わなければならない義務がどこにあるだろうか?
 最終的に引き受けたのは一夏だが、流れができていたという面はもちろんある。
だが、一夏の優しさ故でもある。
 自分に何かできる事があるのなら、それをやりたい。
 そこまではいい。
 不幸なのは、一夏があまりにも有能な事だった。

 そして、一夏の有能さに周囲が甘える。
 加えて、地位や名誉に興味の欠片も無い一夏を昇進させて、地位と権限、義務を大きくして、やるべき事を増やしている。
 昇進で一夏に報いていると考えているのなら、むしろ逆だと冬菊は考えている。
 却って、一夏を苦しめている。
 誰かの為に労を惜しまない一夏は、一層努力し、そして無意識に自分を苦しめている。
 千冬と兄弟子の高芳、静音といった面々は気づいていると、冬菊は思っている。
 事実、千冬は何かと一夏の事を気遣っている。
 一夏の周囲の人材に関しても、少しでも優秀な人間をと自分のパイプを駆使して支えようと尽力している。
 ポーランドの時に高芳は一夏の元へ駆けつけ、鍛え抜いた剣技で病院への入り口の門番を務めた。

 が、政府の高官のほとんどは、全くと言っていい程気付いていない。
 あれもこれも一夏が引き受けなければならない理由は、どこにもない。
 一夏に頼るというより、完全に依存している各国の高官や閣僚の事を考えると、冬菊は呆れ、腹ただしくなる。
 千冬は、殺意をどうにか抑えている。
 そうでもしなければ、各国の国会は議員たちの生首と解体された四肢と胴体が転がる凄惨極まる状況になっているだろう。
 事と次第によっては、晒し首になった後、豚の餌にされるかもしれない。
 箒たちも一夏を支えようと思っているのは間違いないが、どこかでボタンを掛け違えている。

「じゃあ…。冬菊といる時には…、好意に甘えさせてもらうかな…。済まない…。頑張っているのに…、器の程度が知れてしまう自分に…、我慢がならなかったんだ。だから…、もっと頑張った…。けど…、たかが知れていた…。それからさらに頑張っても…、同じだった…。他にも…、いろいろあってさ…。本当…。どうしたらいいんだろうな…。おまけに…、卑怯者ときている…。こうして…、甘えようとしているんだから…。冬菊は恋人でもないのにな…。前みたいな事になるかもと解っていても…。それでも…、それでも…。」
 冬菊は抱きしめたまま、黙って聞いていた。
 今、一夏に必要なのは、天才でも超一流の戦闘のプロフェッショナルでもない、どこにでもいる16歳の少年であるありのままの一夏を受け入れる存在。
 冬菊はそう考えた。
 そして、それに気づいているのは、千冬達を除けば箒たちを入れても片手の指を出ないだろうと考えていた。

 抱きしめたい…。
 目の前のどこにでもいる少年で、心も体も目に見えない傷に覆われているも同然のありのままの一夏を。
 別に肉体関係で一夏を縛る気は、毛頭ない。
 自分がそうなるのを求めているのだから、自分に甘えて欲しかった。

「苦しいよ…。」
「はい…。」
 ぽつりと呟いた一夏に何かを言う訳でもなく、冬菊は静かにありのまま受け止める。

「悔しいよ…。」
「はい…。」

「悲しいよ…。」
「はい…。」

「辛いよ…。」
「はい…。」

「痛いよ…。」
「はい…。」

「力が…、欲しいよ…。無力過ぎるよ…。でも…。それでも…。」
 その先を言おうとしたが、言葉は出てこないで一夏の瞳からは大粒の涙が零れ落ちて、やがてこれ以上なく悲しい雨の様になった。
 少なくとも、冬菊にはそう見えた。

「甘えたいよ…。」
「はい。」

「抱きしめて…。」
「はい。」

「今だけでいい…。ごくささやかな間でいいから…。愛して…。」
 いつもの毅然として、古代の伝説や文学に登場するような偉大な王や武将、誉れ高き騎士のような一夏とはまるで違う一夏が、冬菊の目の前にいた。
「一夏さんがそう望まれるなら…、お傍にいてずっと愛し続けます…。」

 その言葉を聞いた一夏は、涙を流し始める。
「…。」
「はい。私にできる限りの事で…。」
 聞こえたとは思えないような小さな声が、冬菊には確かに聞こえた。

「ですから、今だけはご自分に素直になって、私にうんと甘えて下さい…。」
 一夏の唇に、冬菊の唇が優しく重なる。
「うん…。冬菊といる時には…、少し素直になれるようにするよ…。済まない…。こんな…、どうしようもない恥知らずの卑怯者で…。それから…、ありがとう…。こんな俺を受け入れてくれて…。」
 そのまま、二人は布団に倒れ込んでいた。

「両親と話をしました。夏季休暇の間は、私の家でお暮しになられませんか?病院からの緊急呼びかけ等にも十分備えられますし、護衛に関しては、一夏さんと他国の貸借関係を考えれば、少しでも借りを返そうという国が山のようにありますから、選ぶのに苦労はしないそうです…。その間は、私にお傍に居させてください…。」
「千冬姉達と話してから、返事をするよ。ありがとう…。こんな俺に、そんなに心を砕いてくれて。」
 涙で真っ赤になった瞳だったが、笑顔になった一夏は礼を言う。

「そんな事を、おっしゃらないでください。誰も喜ばれませんわ。一夏さんが頑張られた結果、救われた大勢の方が聞かれたら、悲しまれます。為された事は、自らの身と命を捧げ誰かの為に努力なさることは、貴い事。誰にでも出来る事では、ありません。とても立派な事です。僅かでもいい、御自分に誇りをお持ちになってください。いつか。いつか、一夏さんがご自分に本当に素直になれる日が来て、私を選んでくれたら仰ってください。精一杯、あなたを愛しますから。」
「ありが…、とう…。」
 そう言うと、一夏は冬菊の胸に抱き寄せられたまま泣き疲れて寝息を立て始める。
 そっと乳首を含ませると、一夏は母乳を飲み始めた。

後書き
一夏は久方ぶりに師の墓参り。
しかしながら、そこには冬菊が。
その冬菊は、高山家を訪れ夫の墓を守る妻の静音に一夏との結婚の許しを貰おうと、来ていました。
一夏が自分たちとの関係を断とうと考えているのを知っていても一夏を傷害の伴侶と思い、アタックを続けます。
ですがそれだけではないようです。
一夏の本心の一端を知ったことでより一層愛おしく思い、そばにいて何かがしたい。
そう考えての行動。
箒たちとは異なる行動に、一夏はさらに本心をさらけ出します。
この後どうなるのでしょう。


IS<インフィニット・ストラトス>12 (オーバーラップ文庫)
オーバーラップ
2018-04-24
弓弦イズル

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト



ブログ村のランキングに参加しております。
来てくださった方は、よろしければクリックをお願いいたします。
励みになりますので。

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

相互リンクはいつでも大歓迎です。
リンクをしてくださる方は、コメント欄にお書き下さい。
リンクの設定をした後に、お知らせします。

中編へ続く。

目次2へ戻る。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック