第二次世界大戦異史 第25話 燃え広がる炎

「まさか、こういう形で、火が着くとはな・・・。」
 発足して、間もない広田内閣の閣僚たちの表情は、皆、暗かった。
 ドイツを最も警戒していたが為に、まさか、ユーゴスラビアがイタリアに宣戦布告をするとは、夢にも思っていなかったのである。
「ですが、考えてみると、起こるべくして、起こった戦いとも、言えますな。」
「どういうことかね。陸軍大臣。」
 畑の後任で、陸軍総参謀長から、陸軍大臣に就任した石原の言葉に広田は問う。
「前国王アレクサンダルの暗殺後から、ユーゴスラビアは民族同士の内戦状態に入り、現国王ペータル2世が即位した後、各民族の意見もある程度取り入れて、民族対立という燃え上がった火は小さくなったものの、まだ、燻っています。さらに、この国は、経済面で、ドイツへの依存度が大きい。各民族のガス抜き。そして、ドイツとの関係を考えれば…。」
「成る程、近年、軍事力強化が著しいイタリアは、ガス抜きの相手としては、格好の相手と見たか。うまくいけば、ドイツとの同盟を承諾させて、恩も売れる。」
 石原は、日本陸軍では、一、二を争う変人と言われているが、碌に勉強もせずに、難関である陸軍大学の入学試験に合格したほどの英才であり、グローバルに世界を見ることが出来る。
 畑が自分の後任として、石原を推薦した理由は、この視野の広さである。
 目の前の戦況しか見えないようでは、陸軍大臣は務まらない。
 きな臭さを感じた畑は、そういった時代に入っても、日本が誤った道を歩まぬように、石原を推薦したのである。
 広田は、そのことを確認したように、思った。

「問題は、どちらが勝つかですな…。」
 内務大臣の兒玉秀雄が、考え込む。
「陸軍大臣は、どう思われますかな?」
 拓務大臣の吉野信次が、石原に尋ねる。
「そうですな。兵士の数、装備、士気、指揮官の質等を考えますと、イタリアでしょう。双方共に、さして強兵の国ではありませんが、民族対立の火が、上は指揮官から、下は末端の兵士まで燻り、装備も戦車は合計しても、僅か300両。しかも、戦車砲を主砲とした中戦車は、100輌にも満たないのが現状です。その他の重砲の充実ぶりにも、差があります。兵士の質に、さほど、差はなくとも、戦いにはならないでしょう。航空戦力も、ユーゴスラビアはお世辞にも充実しているとは言えません。」
「併合ないし属国化は決定的かな…。」
「拓務大臣のお考えになられているように、事態は推移するでしょう。」

「撃て!!」
 イタリア軍総司令官ピエトロ・バドリオが、命令を下すと、22口径210mm榴弾砲、20.4口径149mm榴弾砲が一斉に発射され、ユーゴスラビア軍の砲陣地を襲う。
 多くが、ベトンで頑丈に作られているとはいえ、徹甲榴弾が、豪雨の如く降り注げば、堪らない。
 さらに、ブレダ Ba.65攻撃/偵察機が、爆弾を落としていく。
「戦車部隊出撃!敵重砲を蹴散らせ!!戦闘機部隊、発進せよ!」
 ユーゴスラビア軍も、残った榴弾砲や野砲で砲撃を始め、戦車部隊がイタリア軍陣地を目指す。
 開戦から、およそ3ヶ月。
 緒戦はそれなりの戦いをしていたユーゴスラビア軍だが、国内の問題が、足を引っ張った結果、敗北が続き、既に国土の約4割を失っていた。

「閣下!敵戦車部隊がこちらに向かっている模様。数は、約200輌。トゥラン中戦車は、30輌程度のようです。」
 伝令兵からの報告を、参謀が読み上げる。
「よし。中戦車2個大隊を、敵中戦車部隊にぶつけろ。砲兵部隊は、軽戦車部隊と連携し、敵軽戦車部隊を蹴散らせ。突破戦車と歩兵の準備は?」
「いつでも、出撃できます。」
「うむ。」
 ユーゴスラビア軍のL-60軽戦車は、装甲も薄く、戦車砲を装備しておらず、どうにか勝負できるのは、ハンガリーから輸入した40Mトゥラン中戦車だけだったが、数が少なく押され続けていた。

「観戦武官からの報告では、イタリア軍は、首都ベオグラード西方200kmまで迫っている模様です。ユーゴスラビア軍も、虎の子の戦車部隊をだいぶ投入したようですが、やはり数と質双方に大きく差があるとの事です。」
 石原が報告を読み上げると、広田は考え込む。
「このままだと、さほど長くないか…。」
「おそらく、もって2ヶ月。場合によっては1ヶ月強で、ユーゴスラビアはイタリアのものとなるでしょう。」
「しかし、民族問題を抱えているユーゴスラビアを治めるのは、楽ではないだろう。逆に、イタリアにとって、頭痛の種になると思うが…?」
 農林大臣の有馬頼寧は、イタリアがユーゴスラビアを手中に収める事のメリットを疑問視する。
「農林大臣の仰られることは、ごもっともです。しかし、イタリアならば、問題を抱え込みながらも、うまくやっていけるのではないかと、私は考えております。元々、分裂していた国家ですし、国よりも自分の郷土にたいする愛着が強いのがイタリア人の特徴ですからな。」
 有馬の疑問に対して、石原はイタリア統一の歴史を考えると、多少問題はあっても、うまくやっていけるという、自分の意見を述べ、有馬もそれに納得する。

「この後、イタリアはどうでるだろうか?ユーゴスラビアだけ、若しくはその周辺国も平らげて矛先を収めるか、その先を目指すか。」
 若槻内閣では内務大臣を務め、広田内閣では法務大臣を務める小原が、考え込む。
「ムッソリーニは、誇大妄想凶ではないでしょう。ユーゴスラビア、ハンガリー、ルーマニアにブルガリア。それにギリシャといったところでしょう。これだけでも、地中海の半分は勢力化に治め、エーゲ海の覇者となるのですから、イタリア国民は、充分満足するでしょうな。」
 海軍大臣に就任した米内が、意見を述べる。
「同感ですな。ただ…。」
「ただ…。何かな?陸軍大臣。」
 石原の意見が気になり、広田は先を促す。
「武力で攻め取れば、自縄自縛。そうですな。陸軍大臣。」
 石原の言いたいことを察した米内が、代わりに石原の考えを口にする。
「ほう。さすがに米内さんだ。私の考えを、見抜いておられたか。総理。ユーゴスラビアの周辺国を武力で我が物にすれば、間違いなく、諸国の開放を口実に、スターリンが動きます。各国を併合して国力を増しても、ソ連が相手では、敗北は必死です。」
「そして、その後は、開放と称して、各国の共産化。つまりソ連の勢力圏内に収めるでしょう。」
 石原と米内が、その後の、事態の推移の予想を、述べる。
「結局、やることは、イタリアと変わらんな。」
 文部大臣の木戸幸一が、呆れたように言う。

「失礼いたします。総理、イギリス大使館からの親書です。」
 官邸の職員が、親書を手渡す。
 早速開封して読み始めた広田は、少し考え込んだ。
「陸軍大臣に、海軍大臣。」
「「はっ。」」
「チャーチル首相が、日英合同の陸海空の合同演習を、行われたいとの事だ。」
 石原と米内は少し驚いたような表情になり、他の閣僚たちは、チャーチルの本意が読めずに、互いに話し始めた。
「すぐに返事は、求めぬとのことだ。それぞれ、熟考の上で結論を出してくれ。では、話を戻そう。イタリアに対しての対処だが…。」

「随分、奇妙な招待状ですな。何故、この情勢下に合同演習など…。我が軍は、血を吐くような猛訓練を積んできた、猛者たちの集まり。あの国のことです。情報部が、各国の軍の練度を調べないとは、考えづらいのですが…。だからこそ…ですかな?」
 陸軍省に戻らず、陸軍参謀本部に赴いた石原は、後任の参謀総長小畑敏四郎にチャーチルの真意とは何か。意見を求めていた。
「だろうな。あの御仁、気性の激しい、猟犬のような御仁だ。事と次第によっては、欧州全土に戦火が広がると判断すれば、武断的な考えで、止めようとなさるだろう。その時は、味方がいると、確率は上がる。まあ、そういう事だろう。」

「現在のイギリスで、最も充実して実戦に備えられる戦力は、海軍。義務兵役制を復活させているとはいえ、陸軍は、戦力になるには、まだ、時間が掛かるでしょう。」
 米内は軍令部を訪れ、軍令部総長に就任した山本に、事の次第を話し、意見を求めていた。
「やはり、君もそう思うか。とすれば、イギリスの狙いはやはり…。」
「それ以外、考えようはありますまい。しかし、少々、難問ですな。」
 腕を組んだ山本の眉間に、皺が刻み込まれる。

『イギリスの狙いは、明白。今ならば、艦隊はスエズ運河を通ることが出来る。
今ならばな…。』
 自宅に戻った広田は、今回の、演習の誘いの真意を悟り、どうするかを考え込んでいた。
『時は、残っていないということか。我々以上に、欧州のきな臭さを感じているのだろうな。何しろ、イギリスは欧州諸国の一つだからな。さて、どうするか…。』
 広田は総理であると共に、外務大臣でもある。
 さらに外交官出身であることから、外交や国際社会を知り尽くしている。
 だからこそ、今回の件に関して、深く考え込んでいた。

「あなた。グルーさんが、お見えですよ。」
「グルー大使が?」
『何をしに来たのだ?茶飲み話でないことは、確かだろうが。』
 客間に通すように、妻に言いながら、グルーが尋ねてきた理由を考えていた。

「ほう。これは、絶品ですな。」
 グルーの妻が作ったアップルパイに、広田は舌鼓を打った。
「お口にあって何よりです。妻も喜びましょう。」
「いや。よい、奥方をお持ちですな。さて…、ご用件を伺いましょう。」
 広田がそう言うと、グルーは頷いた。

「総理、その前に御承知していただきたい事があります。」
「何でしょうか?」
 奇妙に思いながらも、広田は訊ねる。
「ここには、駐日アメリカ大使ジョゼフ・グルーはいません。」
『非公式か…。重大な用件と見える。』
「解りました。では、ここにいるのは、広田弘毅とジョゼフ・グルーということで。」
「お手数をおかけします。私の上司からの言伝を、お伝えに上がりました。欧州を、助けてやってほしい。必要な物資は、廉価で提供させていただく。以上です。」
『そういう事か…。さすがだな。先を読んでいる。それとも、誰かが、仲介役を頼んだか…。』
 広田はグルーが、訪れた理由を正確に理解した。

「明日、欧州から知人からの招待について、話し合う事になっておりましてな。その時に、答えは出るでしょう。出来る限り、良い返事をお伝えしたいとおもっていると、上司にお伝えください。」
「よろしくお願いいたします。夜遅くの急な来訪でしたが、こちらにも、事情があります。どうか、御理解いただきたい。」
 グルーが頭を下げる。
「ミスターグルー。そこの所は、私も理解しているつもりです。お気づかいなく。」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします。」
 グルーは、アメリカ製だが、公用車ではない車を、自分で運転して、広田の家を去った。
『向こうも、動くに動けぬか…。大変だろうな。さて、どうするか…。』
 アップルパイを食べながら、グルーの来訪について考えていた。

「陸軍の結論といたしましては、イギリスの思惑は、スエズ運河防衛の為の戦力増強と考えます。」
「陸軍大臣、随分奇妙な話ではありませんか?なぜ、演習に招待する事と、スエズ運河の防衛が関係するのでしょうか?」
 商工大臣の吉野信次が、石原に訊ねる。
「巻き込むためです。ヒトラーに関しては、ほぼ確実に。ムッソリーニに関しては必要によってと、違いはあるものの、アフリカに触手を伸ばすのは、明白です。既に、ドイツはいつ戦争を始めることが出来るよう、準備万端整っているという情報を情報部が入手しました。」
「海軍も同様です。アレキサンドリアには、イギリス地中海艦隊がおりますが、地中海の制海権を掌握するには、さらに戦力が欲しいところでしょう。ですが、世界中に植民地を持つイギリスは、どうしても戦力を分散せざるを得ません。となれば、他国の艦隊しか選択肢はありません。」
「それで、我が国ですか…。立場上、座視したままというわけにも、いきませんからな。」
 吉野は、大きな溜息をつく。
「総理。陸軍としては、ソ連の動向も気がかりです。関東軍特務機関からの情報なのですが、動く気配があるようです。」
 閣議に出席した閣僚たちが、石原の方を向く。
「それに関しては、我が情報局も情報を入手いたしました。フィンランドに領土割譲を迫り、拒否する場合は、武力行使も辞さぬとのことです。」
 本郷も、陸軍とほぼ同様の情報を入手していた。

 ソ連とフィンランドは、フィンランド国境の防備を巡って、良い関係ではなかった。
 フィンランドは、ソ連から見れば、取るに足らない小国。
 故に、弱肉強食の国際社会で独立を維持するためには、備えを怠るわけにはいかなかった。
 そのソ連から見れば、フィンランドの備えは自分たちの首筋に突きつけられたナイフのようなもの。
 どうにかして、排除したかった。
 だが、本音は北欧諸国を手にするための足がかりとして、フィンランドを欲していた。

「ふん!あの業突張りの、貧乏靴屋の倅め。とうとう、動き始めるか。」
 兒玉が、不快極まりないという言う表情で、吐き捨てる。
 スターリンの生家は、貧しい靴屋である。
 その後、国内の荒波を乗り切り、ライバルを粛清して、大国ソ連の最高権力者に上りつめた。
 その後、自分の権力の座を脅かす危険がある者は、無実の罪を着せて、ある者は強制収容所に送られ、ある者は銃殺刑の判決を受けて、処刑所の露と消えた。
 その数たるや膨大としか言いようがなく、数える気にもならない。
 スターリンの権力欲と執着は、ほとんどの者には、醜悪としか写らなかったのである。
 特に、「赤いナポレオン」の二つ名で呼ばれ、世界的にも知名度が高く、日本陸軍の士官や将校からも、少なからず尊敬の念を抱かれていた、名将トハチェフスキーを処刑したことで、スターリンは、陸軍から、徹底的に嫌われている。
 粛清の手は家族にも及ぼうとしたが、間一髪、婦人が家族と共に、中国における日本の租借地である遼寧省の関東軍司令部に駆け込んだことで、九死に一生を得て、その後、特務機関に護衛されて、密かに大使館へ行き、正式に亡命。   東京の大学でロシア語を教えながら、静かに暮らしている。
 スターリンはその事を、外部に漏れないようにしたが、すでに多くの高級将校や技術者、政治家、作家、音楽家に知られ、そのほとんどが、日本を通じて、第三国に亡命している。

「仮に力に訴えたとしても、今のフィンランドを落とす事は、ソ連の強大な軍事力を持ってしても、苦戦は必至。マンネルハイム線を抜くのは、彼らにとっては、絶望の対象でしかありませんからな。」
 日本等の支援を受けて、地の利を十二分に活用し、近代土木技術の粋を結集して建設されたマンネルハイム線は、前代未聞の量のコンクリートを使用し、機関銃銃座や、トーチカは、鉄壁の防御力を与えられている。
 飛行場の設備も充実し、各所に高射砲や対空機関砲が設置され、爆撃に対しても、万全の備えをしている。
 さらに、秘密の通路を幾つも有しており、遠距離狙撃から、短機関銃や重軽機関銃を使用しての奇襲まで、様々な戦術で敵軍に出血を強いる事が出来る。
 武器弾薬、食料に飲料水の備蓄も万全である。
 逆に、ソ連軍は伸びた補給線をゲリラ戦で叩かれ、焦土作戦の前に敗れたナポレオンの気分を味わう事になる。
 フィンランド軍も、ソ連軍と戦う時の戦略や戦術は練りに練っている。
 仮に、ソ連軍が勝利しても、損害が大きく継戦能力は無くなるだろうという研究結果が、参謀本部で出ていた。

「フィンランドの方は、既に備えています。問題は、満州ですな。場合によっては、増援が必要でしょう。」
「陸軍大臣。どの程度必要になるかな?」
「そうですな。兵力の差、兵器の性能、予備兵力を考えますと。万全の迎撃態勢を整えるのならば、2個軍団の派遣が望ましいかと。しかし、近衛軍団は、本土防衛の為の軍団ですので、国内駐留軍を全て送る事となりましょう。」
 広田の問いに、石原はそう答えたが、本音では出来る限り、派遣する兵力は最小限度に留めたかった。
 イギリスの「招待」という「要請」を受けると、かなり高い確率で、欧州の戦争に巻き込まれる。
 しかし、日本としては戦争を早期終結させる努力をせねば、常任理事国としての立場が無いし、国連自体が形骸化する。
 外交で戦争の勃発を抑えるには、向こうが出す条件を、おそらく丸呑みしなければならなくなり、その後の要求もエスカレートするだろうから、相当に難しいだろうと、石原は考えている。
 最後は、戦いにならざるを得ないと、石原は考えていた。
 どこかで、ヒトラーを叩かねば、火種はくすぶり続け、大火を引き起こす。それを防がねばならないと、結論を出していたからである。
 ヒトラーにしても、わが闘争で、アーリア民族の為の新たな土地を東方に求めると記している以上、東に領土を求める必要がある。
 国民に利益を再配分する事が、ヒトラーの権力者としての地盤をさらに固くするからである。
『あれが、世に出た時点で、ドイツとの戦いは避けられぬ運命だったのだろう。国家の頂点にいる者。特に独裁者の類は、国民に栄華と利益をもたらす事で、権力を維持するのだからな…。』

「とにかく、返事をしなければなるまい。私は外相も兼ねているから、会談の時は、うまく追及をかわす。今回の招待、受けるべきか否か。最終的な結論を出したいと思う。」
 広田はグルーの非公式な訪問の時から、八割方腹をくくっていた。
「招待に応じるべきでしょう。戦争になったと仮定して、スエズ運河が万が一ドイツに奪われれば、マダガスカルやジブチが危険どころか、各地の航路にも危険が及びます。予防措置が必要です。」
 吉野が、賛成の意を表明する。
「わが闘争は、私も幾度となく読みましたが、ヒトラーは危険な男です。事ある時は、国連常任理事国として、無法は許さぬ事を国際社会において示すべきでしょう。」
 小原も賛成する。
 その他の閣僚も、全て賛成し、招待に応じる事が決定した。

「総理。緊急電です。」
 息を切らせながら、艦艇の職員が電報を広田に手渡す。
「ギリシャが、ユーゴスラビアに援軍を出し、イタリアに宣戦布告をした。」
「な…。」
 木戸が驚きのあまり、碌に言葉が出ない内に、さらに緊急電が届く。
 ハンガリー、ブルガリア、ルーマニアも、ユーゴスラビアに援軍を送るとともに、イタリアに宣戦布告をしたのである。

「共に軍を派遣すれば、自国へ攻め入られるリスクを回避できると踏んだのだろうが…。」
 石原が、渋柿に思い切りかじりついたような表情に、なる。
「勝てないかね?ユーゴスラビアやギリシャは。」
「残念ながら。数では勝りますが、兵器の質に大きな差があります。戦闘機にしても、ギリシャはイギリスのハリケーンを保有しておりますが、数は僅か。他は、性能では全く歯が立たない旧式ばかり、他国も同様です。全金属製の近代的な戦闘機。最新型の重砲や戦車を持ち合わせる国は、欧州でもイギリスやフランスといった国だけです。粉砕されるのが、関の山ですな。彼の国らには、気の毒ですが、自分達の首にロープを巻きつけてしまいましたな…。しかも、イタリアは宣戦布告をしてはおらず、他国の方がしているので、イタリアを責めるのは、筋違いということになります…。」
「そうだな…。我々にできる事と言えば、彼らの奮戦を祈る事だけと、イギリスとの演習で、欧州での狼藉は見過ごさぬ事を、示す程度か。情けないがな…。」
 広田の表情は、苦渋に満ちていた。

「退くな!死守せよ!!ここで引いたら、もう、後は無いぞ!!」
 ユーゴスラビア軍を率いる、ミラン・ネディッチが崩れかかる軍を踏みとどまらせようと、各部隊に指令を出す。
 しかし、火力の要たる重砲は、第一次世界大戦中に開発された、シュナイダーM1917C 155mm榴弾砲、GPF 194mm榴弾砲、シュナイダーM1914 75mm野砲であり、戦車も紙の様に薄い装甲の軽戦車に、旧式の軍用機と、近代的な軍隊とは程遠い有様で、数も多くなく、装備を近代化し数も充分に揃えた、イタリア軍とぶつかっては、兵力で上回っても、勝ち目は無かった。
 
 各国からの援軍は来たものの、指揮系統が碌に確立されず、装備もユーゴスラビアと大して変わらぬ軍の連合では、まともな抵抗など望むべくもなかった。
 さらに、イタリア軍の四発重爆撃機、ピアッジョ P.108爆撃機の爆撃で、後方の軍需物資は焼かれ、軍の重要拠点も灰塵と化した。
 動員された戦力は、ユーゴスラビア80万、ギリシャ25万、ルーマニア30万、ブルガリア20万、ハンガリー19万。
 連合軍は総数174万。
 一方、イタリア軍は82万。
 数の上では、連合軍はイタリア軍の2倍以上だったが、結果はイタリア軍の圧勝だった。
 戦いの中で、ネディッチは戦死。
 指揮系統が混乱したユーゴスラビア軍の戦死傷者は、全軍の7割に及ぶほどだった。
 ギリシャ海軍は、イタリア海軍が睨みを聞かせていた為に、虚しく錨をおろしたままとなっていた。
 各国からの援軍も、4割以上の戦死傷者を出し壊滅状態となった。
 イタリア軍の戦死傷者は、1万人にも達しなかった。
 
1940年3月末、ユーゴスラビアの首都ベオグラードは、イタリア軍によって占領され、国王ペータル2世は降伏文書に署名。
 ベオグラードで、参戦国の首脳が集まり講和会議が開かれたが、敗戦国は多額の賠償金を課せられた挙句、講和条約の条文には保護国と記されているが、事実上の属国となっていた。
 この頃、小沢率いる第4艦隊と本間雅晴中将が率いる第3軍団に、先週中将に昇進したばかりの栗林率いる第2軍団が、イギリス地中海艦隊の本拠地アレキサンドリアに到着していた。

「東欧と南欧のかなりの部分が、イタリアの物となるとは…。さして、強兵の国ではないのだが、軍の近代化が勝敗を分けたか…。」
 イタリア勝利の情報を聞いた本間は、副官にそう話した。
 日本も、配備されている兵器の近代化と、それを十二分に活かせる、戦略と戦術を模索し続けてきたので、本間は敗因を正確に分析していた。
「海軍にしても、ギリシャでは太刀打ちできませんからな。ヴィットリオ・ヴェネト級の前には、自殺行為。なにより、空母の艦載機になぶり殺しにされるのは、目に見えていますよ。」
 昼食を共にしていた、小沢と本間は、イタリアとユーゴスラビアを始めとする連合軍の戦いについて、意見交換をしていた。
「本間さんは、今後のイタリア軍の動向を、どう考えられますか?」
「おそらく、これで終わるでしょう。これ以上続ければ、ソ連かドイツと矛先を交える事になります。どちらも強国。ムッソリーニにしても、そう簡単に決断はできますまい。個人的には、ドイツが気になります。私の予想が正しければ、ポーランドを急襲。兵を二手に分けて、チェコスロヴァキアとバルト三国を手に入れて、イタリアに同盟を持ちかけるかと。もっとも、そこまで行くと、イギリスとフランスも、ドイツに宣戦布告をせざるを得んでしょう。欧州は、本格的な戦争となるでしょうな。問題は、イギリスとフランスが、第一次世界大戦の時の戦い方から脱皮しているか否かですな。これが、今後の趨勢を決めるでしょう。
 本間は、ユーゴスラビア、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、ギリシャを手に入れ、エーゲ海の制海権を完全に掌握した事で、イタリア国民は、充分に満足したと考え、ムッソリーニも同様に考えて、矛先を収めると考えていた。
 後は、ドイツの動きが今後の情勢にどれだけの影響を与えるかを、考えている。
「成程。私は、派手な艦隊戦はしばらく起きないと、見ております。各地にかなりの数のUボートが隠されていると、我が海軍は考えています。軍港に封じ込める策に出るでしょうな。嘗て、第一次世界大戦の際、ジェットランド海戦後に、イギリスに頭を押さえられたようにね。何より、ドイツは艦隊を通商破壊に活用するでしょう。イギリスを兵糧攻めにする為にね。」
 そう言って、小沢は食後のコーヒーを一口飲む。
 長い間、軍備の制限を受けていた事で、嘗ては強大な海軍を有していたドイツは、運用ノウハウを失っている為に、ドイツ資本の各国で秘密裏に建造されたUボートで軍港を封鎖し、通商破壊を行うのが、ドイツの基本的な戦略であると、小沢は考えていた。
 事実、ドイツの艦艇は、航続距離を重視している。
 長い航続距離を生かして、輸送艦を片っ端から沈める通商破壊の効果は、第一次世界大戦で実証済みである。
 もし、アメリカや日本が参戦し、輸送船の護衛と、通商破壊艦隊の捜索、撃滅をしなければ、イギリスは兵糧攻めに屈し、降伏せざるを得なかっただろう。
 島国は海外からの輸送路を押さえられれば、やがて日干しになるという、欠点があるだけに、効果はてきめんだったのだ。

「ユーゴスラビアのような愚行を、ポーランドが犯さねばよいのですが…。」
 国民のガス抜きの手段として戦争を選択したことで、ユーゴスラビアは周辺国家と事実上の心中をする羽目になった。
 同じようなことが起きれば、残った東欧諸国がドイツに蹂躙されるのは目に見えているので、それだけは起こって欲しくないと、本間は願っていた。
『もっとも、ドイツがポーランドに宣戦布告をすれば、結局は蹂躙されるのが目に見えている。フランスがドイツの背を脅かすことによって、抑止力となるのが望ましいが…。』
 フランスが、マダガスカルとジブチを日本に売却してまで得た金額を含めて、巨額の国費をつぎ込んで建設したマジノ線は、国境防衛の要だが、使いようによっては、ドイツを脅かす脅威に充分なり得る。
 その証拠に、ドイツは対抗して、ジークフリード線を建設した。
 もし、フランスがマジノ線を根拠地にして、ジークフリード線を攻撃すれば、ドイツは、防衛に戦力を集中せねばならなくなり、他国を攻略する余裕はなくなる。
『その為には、イギリスがポーランドに軍を派遣し、防衛体制を整えてもらわねばならん…。』
 ポーランドも他の東欧諸国と同じく、旧態依然とした軍であり、未だに前時代的な騎兵部隊を擁している。
 嘗ては、強兵と謳われたが、機関銃の登場により、突撃してもただの的になるだけである。
 さらに、ドイツ軍は短機関銃を大量に配備している。
 強力な近代兵器と新しい戦略と戦術で戦うドイツ軍を相手にして、ポーランドが勝つ可能性は、皆無である。
 その為には、強力な同盟国が必要だった。
『現場がどう考えているか、それとなく聞き出し、内地に伝えるとするか。』

 翌日、演習前に日本を歓迎する宴が開かれ、本間や小沢達も美酒に酔い、多くの指揮官と面識を得て、今後の世界情勢について語り合い、有意義な夜を過ごしたが、翌朝、冷や水をかけられたような緊急電を受け取ることになる。
 ドイツが、ポーランドに、事実上の属国となることを迫り、1週間以内に返答がなければ、武力によって制圧すると、ポーランドを揺さぶってきたのである。

後書き
ヨーロッパの火薬庫といわれるだけに、バルカン半島はとにかく複雑な問題を抱えています。
特に、大変なのが、ユーゴスラビアです。
民族の主導権争いにの度に、どこかの民族が迫害を受けるという国でした。
それを考えると、分裂したのも必然かもしれませんね。
そういった国で、不満をどうにかするとしたら、こういった形でガス抜きをするしかないという結論に達しました。
今の中国の反日と、よく似た構造ですね。
ちなみに、現在、イタリアでは、経済格差故に、北部と南部で問題が出てきています。
賃金格差が、2倍、3倍では出て当たり前ですけどね。
さて、燃え広がった炎に水をかけて鎮火するのは、どの国でしょうか。
ちなみに第一次世界大戦では、できそうな国はどちらかの陣営に与していたために、泥沼になりました。
正史でもそうでしたが、この異史ではどうなるでしょうか?





放課後ワールドウォー 完全版
イカロス出版
銅大

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 放課後ワールドウォー 完全版 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



ブログ村のランキングに参加しております。
来てくださった方は、よろしければクリックをお願いいたします。
励みになりますので。

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

相互リンクはいつでも大歓迎です。
リンクをしてくださる方は、コメント欄にお書き下さい。
リンクの設定をした後に、お知らせします。

目次へ戻る。



Viva! 知られざるイタリア軍
イカロス出版
吉川 和篤

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by Viva! 知られざるイタリア軍 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック